JSPS男女共同参画推進アドバイザーからのメッセージ
中野 亮平 トーマス先生

Max Planck Institute for Plant Breeding Research, Department of Plant Microbe Interactions, Principal Investigator
中野亮平トーマス
 先生

【研究内容】
植物分子細胞生物学・植物微生物相互作用

【研究概要】
植物が自然界で多様な微生物に晒されながらも、その生育と防御を両立させていくメカニズムを明らかにするため、主にシロイヌナズナと細菌の相互作用に着目して研究をしています。

【趣味・特技等】
音楽

【好きな言葉】
Connecting the dots.

海外経験のすゝめ

 時の流れは早いもので、海外へ飛び出してまもなく10年が経とうとしています。その間ここドイツ・ケルンで4人の子どもを育てながら、現地語は今でもまったく喋れないなか民族的マイノリティとして暮らしてきました。男性が家庭にコミットするのが当たり前、男性が家庭の事情でミーティングを欠席するのも全然問題なし、産前産後数週間は男性もしっかり休みを取るのが当然、という世界で子育てをすることで、自分の中での色々な意識や考え方も大きく変わってきたと感じています。海外は海外で様々に問題を抱えていて(弊研究所もディレクターが全員男性であるということで色々と厳しいご意見を頂戴しています)、巷で言われるほどに「海外は進んでいて日本は遅れている」というわけではないと感じていますが、それでもやはり日本とは多くの面で違うところがありますので、一度海外に出てみて様々な世界を知るというのは非常に価値のあることだと感じています。もちろん、男女共同参画やダイバーシティに限った話ではなく、キャリアとしても、様々に学べることが多くあります。とはいえ、どうやって海外に行けばいいのでしょう?

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 私は「学位をとったら海外に行きたいな」と漠然と考えていましたが、学生時代にはこれといって具体的な努力は特にしていませんでした。そんな私が初めて研究目的で海外に出たのは博士課程の時の偶然がきっかけでした。

 ある国際会議で出会った日本人研究者と海外の研究者がそこで議論をするなかで共同研究をすることになり、当時それぞれの研究機関の間の連携プログラムを利用して日本からドイツへ博士課程の学生をひとり派遣することになりました。この日本人の方と私の当時の指導教官が共同研究をしていて、私の後輩の修士の学生がまさにそのテーマの研究を行っていました。まずは彼女が派遣候補にあがったのですが、修士は対象外ということになり、そこで私の海外志向をなんとなく知っていた指導教官が私に「彼女の代わりに行ってこないか」と声をかけてくれたのです。当時の私自身の研究テーマとは少し外れる話でしたが、海外に長期間(結局10日間でしたが当時の自分にとっては十分「長期間」でした)行けるチャンスはほとんどないと二つ返事で快諾し、翌年、件の共同研究者の方と一緒にドイツへ渡航しました。これが私の「海外研究」との最初のコンタクトであり、その後の私の人生の出発点は全てここにあったとも言えます。

 それから数年が経ち、私は学位を取得するにあたって海外でのポスドクを第一の選択肢として受け入れ研究室を探していました。いくつかの研究室にコンタクトを取るもなかなかいい答えがもらえず、海外行きを諦めるしかないかと思い始めていた時でした。当時の研究室では「論文一本につき海外国際学会一回参加していい」というルールがあり、私はその権利をまだ保持していました。そこで、海外就職活動の最後のチャンスとして、オーストリアのウィーンで開催されたEMBO Meetingに参加することにしました。ドイツでの実験以来、二度目の仕事での海外です。ポスターに大きく「ポジション探しています」と書き出し、色々な話を聞きながら面白そうな研究室がないか探っていましたが、植物系の研究者がほとんどいなかったことや、自分の英語力がつたなかったことなどもあってなかなか話を盛り上げられず、ずっと会場の隅で沈みこんでいました。その時偶然、ドイツでの実験をホストしてくれた研究者に久しぶりに会うことができ、色々と進捗報告などをする機会を得ました。そのなかでの世間話で、実はポジションを探しに来たんだという話をすると、「お前さえ興味があるならうちはウェルカムだぞ」という言葉をかけてもらえたのです。

 ドイツでの短期渡航を打診された時と同じように、その時自分がやりたかったこと、自分が思い描いていたこととは分野としてだいぶ違っていて、その場では「ありがとう、ちょっと考えさせてくれ」と返事をして帰国しました。そして指導教官にその話をして、やりたいこととは違うから悩んでいると伝えると、「目の前にチャンスが転がっているのならとりあえず掴んでみればいい、他のことはあとでどうにでもなる」と背中を押してもらい、翌日すぐにメールをしてドイツでポスドクをすることが決まりました。

 その後フェローシップの応募のための準備をしたり、やり残していた実験をかたづけて論文をまとめたりしていて、結局ドイツへ渡航するのは学位取得から一年後となり、ウィーンで再会してからは一年半がすでに経過していました。今では当時自分がやりたいと思っていたこととは全く違う分野で全く違う手法で研究をしていますが、あの時転がってきたチャンスを「とりあえず掴んでみた」ことで今の自分があり、そのチャンスはあの時ドイツに実験しにきた時から繋がっていたと考えると、本当に人生とはわからないものだなと感じます。スティーブ・ジョブズが以前、「人生においてすべての点と点はつながっている。でも、未来に向けてつなぐことはできない。できるのは、過去を振り返って後からつなぎ合わせることだけだ」と述べました。今こうして自分のこれまでを振り返ってみると、本当にすべての点が綺麗につながっていて、あの時自分を盲信してとにかくチャレンジしてみたことが正しい決断だったのだと改めて感じます。

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 私がこうしてドイツで10年間研究を続けることができて、曲がりなりにも自分でグラントを獲得して独立することができたのは、博士課程の時のあの10日間のおかげだと思っています。あの時世界をみて、世界という枠の中での自分をみて、自分の立ち位置と未来を想像してイメージをもつことができたことが、その後の海外での人生の支えになっています。最初に述べたとおり、海外に出てみるということは物事の考え方や捉え方に大きく影響を与えます。基本的な考え方が変わらなくても、外の世界を知っているか知らないかでは、考えの深さも幅も大きく違ってきます。それはわずか数日でもいいし、数ヶ月でも数年でもいいし、期間の長い短いとは関係のないことだと思います。

 「海外留学」を考える時、たとえば大学4年間、博士課程の3年間、ポスドクを2年なり3年なり、などとある程度長期で捉えることが多いかと思います。ですが、いきなりそれを実現するのは難しい時もありますし、またなかなか勇気が必要なことかもしれません。まずは短期で、私がドイツで過ごした10日間、あるいはウィーンで過ごした5日間のように、とにかくとりあえず外に飛び出てみると、それだけでも十分学ぶことはあります。その短期の滞在で「自分は本当に長期の海外生活を望むのか」「海外生活は自分に向いているのか」を窺い知ることもできますし、その滞在で作った人脈がいつかあなたの人生に大きな影響を与えるかもしれません。もしそういったチャンスが目の前に転がってきたならば、ぜひ臆することなくとりあえず掴んでみてもらえたらいいな、と切に願います。

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 海外は海外で問題を抱えていますが、性別を問わずワークライフバランスを大事にすることやライフイベントを経てもキャリアを維持することの尊重は、多少なりとも日本より進んでいるような印象はあります。とすれば女性研究者に「日本から出て海外に行けばいい」とただ勧めることもできますが、それでは日本は深刻な問題を抱えたままになってしまいます。個人的な意見ですが、なるべく多くの人が期間の長短を問わず海外を経験し、その経験をもってまた日本で活躍したり意見をあげたりしていくことが、日本のダイバーシティ・男女共同参画問題の解決にむけて、とても大きな強みになると感じています。ぜひ、転がってきたチャンスを臆せず掴んでいただいて、積極的に海外に飛び出していって、またその経験を日本に還元していってもらえたらいいなと思っています。私も微力ながらお手伝いできればと思います。お気軽にご連絡ください。

 男性であろうと女性であろうと、またジェンダーや人種、宗教、文化的背景などに関わらず、すべての個人が個人として尊重され、誰もが歩みたいキャリアパスを歩める世界になることを祈って、またその実現に向けて自分のできることからしっかり取り組んでいくことを胸に刻んで、今年度もアドバイザーとしての任務に邁進していこうと思います。

 

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