知縁でひろがるアカデミアのダイバーシティ
河野 銀子 先生(九州大学 男女共同参画推進室 教授)

九州大学 男女共同参画推進室 教授
河野 銀子 先生
【研究内容】
教育社会学、ジェンダーと科学技術政策
2026年1月、日本学術振興会による「男女共同参画推進シンポジウム」が開催され、パネルディスカッション「地域を変える女性研究者たち」でモデレーターを務めました。学術を振興するファンディング・エージェンシー(資金配分機関)が、男女共同参画と地域の交差性を視野に入れた企画を立ち上げ、全国各地から多くの方々が参加されたことに、ゆっくりではあれ、日本社会も変わってきたのだと実感しました。
私の専門分野は教育社会学で、テーマの一つとして科学技術分野におけるジェンダー平等に関する研究に取り組んできました。きっかけは、1990年代後半に始めた「中学生の理科学習とジェンダー」の共同研究でしたが、当時、「女子が理科できないのはあたり前」「そんな研究に意味はあるのか」という声が研究者からも聞こえてくるような状況でした。もとより、「ジェンダー」そのものが知られていませんでした。こうした経験があったため、科学技術・学術分野の男女共同参画推進を掲げた今回のシンポジウムが大盛況だったことを喜ばしく受け止めています。
さて、30年前にスタートした共同研究は科研費に採択され、全国調査を実施することができました。そして、女子は理科の本質的な意義に学ぶ意味を感じているにも関わらず理科を好きではないこと、男子と同様に実験が好きなのに記録係などの補助役を担いやすいこと等を明らかにしました。また、親や教師が「理科で良い成績をとることを期待している」「将来、科学技術職に就いたら喜ぶ」と思う女子は男子より格段に少ないこともわかりました。この結果は、『科学技術白書』(2002年度)や『男女共同参画白書』(2005年度)に掲載されました。日本で初めて科学技術分野の男女共同参画に係る予算が措置されたのは2006年度で、それより前のことですから、政策立案に少しは貢献できたと自負しています。
その後、高校生の文理選択や大学での専攻選択等に関するジェンダー分析を続けているうちに、科学政策のあり方が現実のジェンダー格差に与える影響の大きさに気づき、国際比較等を通して政策の効果や限界について検討するようになりました。これとは別に、ジェンダー視点による学校教員のキャリア形成研究も進めてきましたが、日本の理科や数学の女性教員比率が国際的に見て驚くほど低いといった知見は、科学技術分野のジェンダー平等研究にもつながっています。
このようにみると、研究関心にぶれがなくまっすぐ順調に歩んできたように見えますが、実際は「アカデミアではやっていけない」と思うことの連続でした。そもそも学部時代は大学院のない大学に通っていたので、大学院生を見たことがなく、どうすれば大学院に入れるかも知りませんでした。出願に必要な推薦書を書いてくれる教員もなかなか見つけられませんでしたし、相談した大学教員の中には「競争的な世界だから女性には無理」という人もいました。院生時代には、他大学の院生によるストーキングや怪文書等に悩まされましたし、学会発表すれば好奇のまなざしに晒され(当時は女性、かつ私大の院生は稀有だった)、知名度の高い方から共同研究に誘われて有頂天になって出かけて行ったら違う目的だったこともあります。いつでも、アカデミアから離脱するリスクと隣り合わせでした。
それにもかかわらず、大学で研究を続けられているのはなぜでしょうか。一言でいえば、「知縁」のおかげです。人々は血縁や地縁、社縁(職場や学校等の所属組織によるつながり)等、さまざまな縁の中で生きていますが、家族や親族に研究者がいなかった私に血縁はなく、生まれ育った土地を離れて進学・就職したために地縁もなく、研究科にアカデミアで活躍する先輩はいなかったので社縁もありませんでした。孤立してもおかしくない状態だったのです。けれども、科学技術とジェンダーに関心をもつ研究者のなかに、私の研究に気づいて、講演や執筆、共同研究の機会を与えてくれる方々がいました。そのようにして、共通する知的関心をベースに見ず知らずの研究者たちとつながって、今があります。
さらに良かったのは、テーマの性質上、人文社会科学系だけでなく、生命科学や理工学等、多様な分野の研究者や技術者とつながれたことです。どの分野でも、研究者としてのキャリア形成や知識生産のプロセスを掘り下げようとすると何らかのジェンダー問題にぶつかるため、学問的な立ち位置や出身国が異なっても関心を共有することができるのです。
残念ながら、現在の日本のアカデミアはダイバーシティが高い状態にはありません。今後は、ジェンダーや地域だけでなく、不利な立場に置かれている学生・院生も研究者をめざしやすい環境の整備が必須でしょう。その実現に向け、異世代・多分野の研究者との知縁を大切にしつつ、科学技術分野のジェンダー平等にかかる研究を続けていきたいと思っています。
