JSPS男女共同参画推進アドバイザーからのメッセージ
大隅典子先生

東北大学副学長・附属図書館長・大学院医学系研究科教授
大隅典子
 先生

【研究内容】
哺乳類脳の発生発達の分子機構と次世代継承エピジェネティクス

【研究概要】
齧歯類等を用いて大脳新皮質における神経幹細胞の分裂や分化の制御の分子メカニズムと、精子形成におけるエピ変異の影響を解明する

【趣味・特技等】
読書、アート鑑賞、科学コミュニケーション、ブラインドタイピング

【好きな言葉】
“随時随所無不楽(ズイジズイショタノシマザルナシ)”「どんなとき、どんなところでも楽しむことは可能」 (東北帝國大学初代総長、成城学園創立者であった澤柳政太郎の言葉)

“誰もが輝く、誰も取り残されない“社会をめざして

 JSPS男女共同参画アドバイザーを拝命しました。どうぞ宜しくお願い致します。

 ちょうど日本で「男女共同参画」という用語が登場した頃から、「女性研究者育成支援」に関わっています。行き詰まった日本の現状を変えるには、種々の分野で「ジェンダーパリティ(ジェンダー公正)」を達成する必要があります。中でも、社会の中で「マイノリティ」である研究者の中の、さらに「マイノリティ」である女性研究者の参画が大きく望まれています。

 共同参画に関わることになったのは、東北大学医学部で初めての女性教授に就任したことが一つのきっかけでした。論文には男女の区別が無いと思ったことも、研究者の世界への憧れの背景で、女性が差別されているという自覚はあまり無かったのですが、教授会で周りを見渡すと、他に誰も女性がいないことに愕然としました。

 思い起こせば、共学校出身で伸び伸びと育ったのに、大学のクラブの新歓で「一年生はOBの先生のところにお酌に行きなさい」と言われて「???」と思ったのですが、深く考えずに大学時代を過ごしました。大学院進学前に話を聞きに行くと「うちの医局は、女性は大学院生として取らないから」と門前払いされ、進学した研究室の教授からは「女性は男性の2倍の業績があって同等とみなされるので、覚悟しなさい」と伝えられたのですが、当時は「そんなもんだろう。でも2倍は難しいから、1.5倍くらいを目標にしよう」と思っていました。「無意識のバイアス」が私自身にもあったのですね。

 「マチルダ効果」という言葉をご存知でしょうか? 米国の婦人参政権論者で奴隷廃止論者のマティルダ・ジョスリン・ゲイジが、「女性の業績が過小評価され、その業績が男性の同僚に帰されてしまうバイアス」が存在することを提唱し、後に1993年になってマーガレット・W・ロシターという科学史研究者によってこのバイアスについて「マチルダ効果」と名付けられたものです。生物学分野ならロザリンド・フランクリン(DNAの結晶構造を分析)やエスター・レーダーバーグ(ラムダファージを発見)、物理学分野ならリーゼ・マイトナー(核分裂の発見)、マリエッタ・ブラウ(粒子検出法によるパイオンの発見)などの女性科学者を思い起こして頂けばよいでしょう。

 このような「ディスパリティ(不公正)」を是正することついて、欧米のアカデミアでは認識が浸透していますが、日本ではどうでしょうか? 大学の人事の会議で「この分野には女性がいないのですよね…」と嘆いてみせる男性教員だけでなく、女性も「大和撫子」という呪文により縛られ、「爪を隠しまくって」能ある鷹の力が十分に発揮されていないのではないでしょうか? これは大きな人的リソースの枯渇です。

 東北大学では過去30年の間に博士課程に在籍する女子学生の割合が6.1%から30.9%、なんと5倍に増加しましたが、女性教員については4.6%が18.4%と、同じような伸び率にはなっていません1)。私たちは、教員の女性比率に対して、博士課程の女性比率を「ガラスの天井指数」と呼んでその動きを注視していますが、10年前のサバイバル率が4人に1人だったものが、2人に1人にまでディスパリティが減少しているとはいえ、まだ「男性に甘い」風習が残っているのです。

東北大学の若手女性研究者顕彰制度「紫千代萩賞」第4回授賞式にて。人文社会学系、理工学系、医歯薬学系、農学生命科学系の4つの分野の若手女性研究者の業績を顕彰し、エンカレッジする活動。

 約15年前から、所属大学内の男女共同参画とともに、学会活動としても共同参画に関わってきました。男女共同参画学協会連絡会2)の委員長として、種々の分析に基づく提言に携わりました。私は生物学に軸足があり、当時、理系分野では「理念としてのジェンダー平等」よりも「実質的な女性研究者支援」を推進し、「男性と同等に働く」ために子育て期の女性研究者に支援要員を付けるなどの経済的な支援策を重要視してきました。育児休暇等を取得した後のリスタートを支援するJSPSの特別研究員RPD制度3)もこのような流れの中で設置されたものです。しかしながら今振り返ってみると、研究機関における「支援要員制度」は、「男性と同等に長時間働く」ことを前提とし、「支援する性としての女性」という性別役割分担を助長するものであったと思います。さらに言えば、人件費としての費用がかかるためにサステナブルな施策ではありません。

 これからの社会に求められているのは、性別に囚われず、「誰もがその持てる才能を活かす」ことができる環境整備、制度設計、そして何より意識の醸成だと思います。日本で遅れている男性の家庭参画や社会参画を推進することが何より必要です。育児休暇を取りたい男性の気持ちを直属の上司や組織の構成員が暖かく認めることは極めて重要だと考えられます。その意味で、JSPSのRPD制度は、設置当初より男女ともに門戸開放していた点において優れたものと感じています。

 2020年から始まったいわゆる”コロナ禍は”社会を大きく変容させました。リアルな活動が減ることによる種々の困難な問題もありますが、テレワークが当たり前になり、学会にリモートで参加できることは、長期的には男女の働き方の格差を是正することにも繋がると思います。

 皆のちからで世界を良くしていきましょう!

研究室の”女将”としてコロナ禍での研究室行事。ダブルディグリー・プログラムでマーストリヒト大学より10ヶ月滞在した留学生の学位審査終了お祝いお茶会。


参考リンク(外部サイトに移動します):
1)東北大学男女共同参画のデータ集
2)男女共同参画学協会連絡会:男女共同参画に関する自然科学系の学協会の連合組織
3)日本学術振興会特別研究員RPD制度

【関連書籍】(外部サイトに移動します)

●伊藤伸子訳、大隅典子解説:
 世界を変えた10人の女性科学者 彼女たちは何を考え、信じ、実行したか. 化学同人

●大隅典子, 大島まり, 山本佳世子:
 理系女性の人生設計 自分を生かす仕事と生き方. 講談社ブルーバックス

●丸山美帆子, 長濱祐美, 大隅典子:
 理系女性のライフプラン あんな生き方・こんな生き方 研究・結婚・子育てみんなどうしてる?  メディカルサイエンスインターナショナル

●大隅典子(訳):
 なぜ理系に進む女性は少ないのか?: トップ研究者による15の論争. 西村書店


最近、出版した男女共同参画関連書籍。マイノリティである女性研究者には多様なロールモデルが必要。

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