JSPS男女共同参画推進アドバイザーからのメッセージ
中野 亮平 トーマス先生

Max Planck Institute for Plant Breeding Research, Department of Plant Microbe Interactions, Principal Investigator
中野亮平トーマス
 先生

【研究内容】
植物分子細胞生物学・植物微生物相互作用

【研究概要】
植物が自然界で多様な微生物に晒されながらも、その生育と防御を両立させていくメカニズムを明らかにするため、主にシロイヌナズナと細菌の相互作用に着目して研究をしています。

【趣味・特技等】
音楽

【好きな言葉】
Connecting the dots.

キャリアパスの多様化にむけた取り組み

  ドイツ・マックスプランク植物育種学研究所の中野亮平トーマスと申します。令和3年度のJSPS男女共同参画推進アドバイザーを拝命し、これまで色々な形でダイバーシティ・インクルーシブネスの推進に取り組んでまいりました。私自身、妻がドイツで元気に産んでくれた4人の子どもを育てながら独立研究員として研究をし、幾人かの学生の面倒を見ながら、さらに時々刻々と近づいてくる数年先の契約期限切れまでに成就させなければならない就職活動(次のポジションの確保)に追われる日々を過ごしています。出産や育児に係る家庭での男女双方のエフォートの必要性、その中で研究を推進することの大変さ(特にまだ自らが主体となって研究や実験を進めないといけない立場として)、そしてそれを充実させるためのサポートの重要性などを身をもって感じており、だからこそそれを理由にキャリアを諦める、そういった決断をしなければならない状況には忸怩たる思いを抱きます。そんな決断をしなくて済むような世界になっていけるように、私たちの世代で変えていかないといけない、と決意を新たにしております。残りの任期もしっかりと、小さなことからコツコツとやっていきます。

さて、日本では博士課程に進む学生がどんどん減っていると聞きます。色々な原因があり一概にコレということはできないと思いますが、その一つの要素として「博士課程進学後のキャリアパスの窮屈さ」があるのではないかと感じています。【博士課程に進む=アカデミアに残り続ける】というイメージが学生の中にあり、そのなかでどんどん減っていくポジション、熾烈化する競争、圧倒的な勢いで進んでいく選択と集中とそれによる大学間格差の拡大など、身近な先輩やメディアから流れてくるアカデミアが抱える問題をみていれば、博士課程に進むことを躊躇するような学生が増えてしまっても致し方ないことなのかもしれません。

でも果たして本当に「博士課程進学=アカデミアでのキャリア」なのでしょうか?現実はどうなっているのでしょう?

実際には、博士課程を取得した後企業に就職したり、JSPSを含む政府機関への就職、はたまた起業など、色々なキャリアパスをとっている人がたくさんいらっしゃいます。そして皆さん大学院で身につけた能力や技術を最大限生かして各分野で大変ご活躍されています。ともすれば(悲しいことながら)「ドロップアウト」としてネガティブに扱われてしまうことすらある「アカデミア以外のキャリアパス」ですが、その可能性をもっと周知して奨励して推進し、大学院進学後のキャリアパスを多様化していくことが、今の日本のアカデミアに求められていることなのではないでしょうか。キャリアパスの多様化によって大学院進学者を増やし門戸を広げる。そうして母数が増えればアカデミアに残る学位取得者も増えていくでしょう。また、大学院教育を受けた人材が各分野で広く活躍することは各分野の発展に大きく貢献するでしょうし、そういった人材を多く輩出していくことで、一般社会からのアカデミア・大学院教育の見え方というのも変わっていくのではないでしょうか。諸外国のように文系理系問わず博士号をもった人間が政府の中枢にいるような形になれば(たとえば昨年末で退任したドイツのメルケル首相は物理学博士です)、科学技術政策のあり方にも一石を投じることができるかもしれません。「アカデミアに人材を囲い込む」のではなく、高度な教育を受けた人材を日本社会の隅々まで届けることが大きな社会貢献のひとつであり、逆説的ではありますが、巡り巡ってアカデミアの発展へ大きく貢献するのだと信じています。

ドイツに目を向けてみますと、本当に色々なキャリアの方がいることに驚きます。大学院進学前にテクニシャンなどの職を経由してきた人たち。博士号をとって就職したのち、やはりアカデミアの方がいいと帰ってくる人たち。アカデミアに残りながらもPIを目指さずポスドクやテクニシャンとしてキャリアを続ける人たち。なにより素晴らしいと感じるのは、そういった多様性が当たり前のこととして受け入れられていることです。また、出産育児などによるキャリアブレイクやそこからの復帰などもとても好意的に受け入れられ、誰もが自分の生きたい人生を生きられるような土台がある程度できているように感じます(もちろんその中でも苦しんでいる方もいらっしゃるでしょうし、一概にドイツが完璧というつもりはありませんが)。

私がドイツに渡航してきた際、最初はJSPSの海外特別研究員に採用していただいたのですが、その後ドイツ研究振興協会(DFG)の研究コンソーシアムであるCEPLASという枠組みでポスドクとして雇われることになりました。このCEPLASでは学生やポスドクの教育・キャリア育成に積極に取り組んでいて、日本のシステムにしか親しみがなかった私には非常に新鮮でした。たとえば、数ヶ月に一度企業への見学ツアーが企画されており、希望者は誰でも大企業からスタートアップまで様々なバイオテクノロジー・ライフサイエンス系企業へ訪れることができました。CEPLASポスドクプログラムの修了証書を発行してもらうには、契約期間中に最低数回はこのツアーに参加することが必要条件となっていたことも印象的でした。また、アウトリーチの一環として、学生やポスドクが自身の研究を平易な言葉やイラストで一般社会へ伝える”Planter’s Punch”という企画を行っていて、科学コミュニケーションに興味がある人たちには非常に良い機会になっていたと思います。もちろん、アカデミアに残っていく心が決まっていて研究だけに集中したいのであればそれも許される環境であり、同僚たちにみられる多様なキャリアというのはこういった土台の上に育っていくのだなぁと感心していました。私は今はCEPLASからは離れてしまいましたが、所属機関の母体であるマックスプランク協会でも様々なワークショップを企画したり、キャリアデイと称して多様なキャリアを話し合うイベントなどが開かれたりしています。

こういった経験を踏まえて、日本のアカデミアにおけるキャリアパスの多様化のために何ができるか、とよく考えています。ここで紹介したCEPLASやマックスプランク協会の取り組みは,もちろん相応の費用が発生してくるものであり、どんな機関でも同じように簡単にできるようなことではないとは思います。その一方で、私たち自身が多様なキャリアを認識すること、また推奨することというのは容易ですし、アカデミアから離れることをネガティブに捉えない、むしろ素晴らしいことだと称えることも私たちの心の匙加減ひとつだと思います。そういった柔軟な姿勢をもとに、学生や若手(年齢ではなくいわゆる”early career”としての若手)ポスドクの多様なキャリアをしっかりサポートしていくこと、またそういった多様なキャリアの可能性を発信していくことが、今後のアカデミアの発展のために肝要であると信じています。自分自身でもまだ未来がみえず、向かうべき道を決め切れない、あるいは決めることを恐れてしまっている学生さんたちと話すときにも、可能な限り多様な可能性を提示し、そして己自信を知り己自身の向かいたい道を見つけられるようにサポートしていってほしいと思います。

また、出産・育児などにより進学を諦めざるを得なかった、アカデミアから離れざるを得なかった方々が(男女を問わず)再びアカデミアに戻ることが容易にできるように、それをしっかりサポートしていけるようにすることが求められます。もちろん、男性であろうと女性であろうと人生設計は完全に個人や家庭の裁量であり、ライフイベントを機にアカデミアを離れる、また「家庭にはいる」という選択も無条件に尊重されるべきです。ですが、もしその理由づけが「アカデミアと育児を両立するのは無理だから」であったならば、それはあまりにも悲しいことだと思ってしまうのです。そして実際にそういう方がたくさんいる、特にそういう決断を強いられている女性が大変多いという現状は、遠くない未来に変えていかないといけません。そんな悲しい理由ではなく、本当に自分の選びたい選択肢を選べるようにしていくことが、「職業」という意味のキャリアパスだけでなく「人生」としてのライフプランの多様性を推進し、全ての人がジェンダーに関わらず活躍すべき場所で活躍できるような豊かな社会を作り上げていくことにつながっていくのだと思います。

大学院進学をどうするか、博士に進学するかどうか、博士取得後アカデミアに残るかどうか、出産育児に合わせてキャリアをどうしていこうか、キャリアやライフプランに悩む方は本当にたくさんいらっしゃると思います。ぜひ、いわゆる「ストレート」な学歴・キャリアや「マジョリティ」の経歴などに惑わされず、自分が本当に進みたい道を選んでいただきたいと思いますし、アカデミアに残る私たちは、その全ての可能性をしっかりサポートしていかなければならないなと気を引き締めています。この稿が、そんな悩み多き方々の背中を少しでも押せることを祈っています。

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