地方に就職した研究者はその後うまくやっていけるのだろうか
―長岡技術科学大学の取組―
髙口僚太朗
(長岡技術科学大学 講師(兼)学長補佐(男女共同参画担当)(兼)ダイバーシティ研究環境推進部門 部門長(兼)男女共同参画推進室 室長)
1.はじめに
本稿にいう「地方」とは新潟県、あるいは、新潟県長岡市のことである。
そもそも、新潟県の縦の長さは九州とほぼ同じである。たとえば、九州においては、福岡県、熊本県、鹿児島県というように、その縦断において異なる地形(県境)があるのにたいして、新潟県はすべてが「新潟県」である。このことを別の視点からとらえると、たとえば、福岡県や熊本県、鹿児島県などが、その文化圏において異なる営みや発展、コミュニケーションがなされているように、新潟県においても、そうした文化的差異、あるいは、慣習の違いなどは存在している。だが、「新潟県」という「ひとつの共同体であること」がその思考においてあまりにも先行してしまい、文化的差異や慣習の違いがあることを私たちはしばしば忘れてしまいがちではないだろうか。
しかしだからといって、「この地域は世の中の流れに逆行しています」とか、「この地域の人たちは遅れています」というような考えは、あまりに暴力的で独善的で空虚なものであろう。そうではなく、その地域の文化を知り、生活を知り、人を知ったうえで取り組まれるおこないこそが、きっと良い取り組みではないかと思う。
そこで本稿では、そうした長岡市、ひいては、新潟県という地域をひとつの事例としながら、長岡技術科学大学における「地域に根ざした」取り組みの一端を示していきたいと思う。
2.本学もフジロックフェスティバルも中越にある
先述のように、新潟県の縦の長さは九州とほぼ同じである。そのため、新潟県は3つの地区に区切られて説明されることが多い(佐渡市を含めると4つ)。県内のもっとも北にある中心的な都市である新潟市周辺を「下越(かえつ)地区」、本学のある長岡市周辺を「中越(ちゅうえつ)地区」、もっとも南にある上越市周辺を「上越(じょうえつ)地区」と呼んである。「越」というのは、新潟県の旧称である「越後」に由来するものであり、もっとも北にある新潟市周辺を「下越」と呼ぶのは、京都(御所)を基点とした際にもっとも遠い場所にあることの名残である。つまり本学は、中越地区唯一の国立大学である。
また、世界的に有名な音楽の祭典「フジロックフェスティバル(Fuji Rock Festival)」も中越地区(新潟県湯沢町)で開催されている。「フジロック」の愛称で親しまれているこの祭典の名称くらいはお聞きになったことがあるのではないだろうか。毎年7月下旬には国内外を問わず多くの観客が訪れている。25年ほど前までは新潟県湯沢町になかった文化であるが、今日では湯沢町の看板のひとつであろう。
3.地方に就職した研究者は「かつては」うまくやっていくことが困難であった
本学の学内にむけた取り組みには図1のようなものがある。JSPSやさまざまな高等教育機関で実施されている取り組みと重なるところも多くある。加えて、本学は中越地区唯一の国立大学ということもあり、学内のみならず、地域によりよい影響を及ぼすための実践知を表出していくことも大切にしている。そこで重要な問いとなるのが、「地方に就職した研究者はその後うまくやっていけるのだろうか」である。
図1
では、どうすればいいのだろうか。それは、「仲間をつくる」ことである。
4.自分と似た他者の存在が、取り組みを継続させるためには必要
地方がすべて前近代的な文化圏、生活圏を踏襲しているわけではもちろんない。また、こうした前近代的な文化圏や生活圏にうまく適応する研究者もおられることだろう。
ただ、ここで重要なことは、こうした「前近代的な文化圏、生活圏に来らざるをえなかった自分以外の人びと」の存在を看過してはならないということである。このことは中越地区唯一の国立大学である本学の使命のひとつであり、そこに生きる研究者の役割でもあるように考えている。
「前近代的な文化圏、生活圏に来らざるをえなかった自分以外の人びと」は結構存在している。さらに、「生まれも育ちもこの地域だが前近代的な文化圏、生活圏に違和感を覚えている人びと」も結構存在している。こうした人びととともに本学は取り組みを継続している(図2)。では、仲間たちとともにどのような取り組みをおこなっているのだろうか。
図2
4-1.夏休み期間中の学内一時託児
まず、「夏休み期間中の学内一時託児」が挙げられる。この取り組みは、次のような地域の問題点ないしは社会課題との関連のなかから生じている。すなわち、
① 学童保育(児童館)には小学3年生までしかあずけられない(定員が少ないため)
② 子どもの祖父母や知り合いなども長岡市内、国内にいない
③ かとって、子どもを自宅で独りでお留守番させるのは不安
というものである。
こうした状況下、本学では、本学に勤務しているすべての教職員の子どもを対象に、本学内のさまざまな施設を利用した夏休み期間中の一時託児を実施することとなった。原則として、小学4年生~6年生までの子どもを対象とし、きょうだいであれば小学1年生~3年生も受け入れ対象とした。
一時託児には、多くの教職員だけではなく、学生たちもたくさん協力をしてくれている。理工系分野に少しでも興味を持ってもらおうといくつものアトラクションを企画・実施したり、一緒に鬼ごっこをしたりして過ごしている。安全に安心してすごせるために思考を凝らし、ただあずかるのではなく、「思い出」になるようにと願いながら奔走している。
また、長岡市に本社を置く企業や、近隣の大学の教職員とも連携しながら実施していることも特筆すべきことである。いうなれば、自身の子どもをあずかってもらっているわけではないにもかかわらず、趣旨に賛同してくださった心意気ひとつで一時託児のメンバーに加わってくださっている。
4-2.男性の育児休業取得促進セミナーと介護セミナー
つぎに、2つのセミナーをとりあげたい。男性の育児休業取得も介護も、既出の「祖父母や知り合いが長岡市、国内にいない」という地域の問題点や社会課題との関連性が大きいものであろう。
地方に就職した研究者に限らずとも、たとえば、自身は福岡県出身、つれあいは北海道出身、しかし勤務地は岐阜県ということは起こりうることである。このようなとき、「祖父母も知り合いもいないなか子育てをどうすればいいか」、「自分たちの親の介護をどうすればいいか」という問いへの明確な解答を導き出すことは難しいだろう。このようなとき、「地域資源をどのように活用するか」や「地域医療にどのようにつながるか」、「職場における配慮・寄り添い・声かけ」にはどのようなものがあるかを知る機会は重要である。
これらのセミナーに共通しているメッセージのひとつは、子育てや介護を「自己責任の文脈でとらえない」ということである。繰り返しになるが、前近代的な文化圏や生活圏においては、子育てや介護がしばしば「自己責任」としてとらえられてしまいがちである。自身に余裕があるとき、たとえば、若い、収入が安定している、マルチタスクが容易にできる等々の頃であれば適度に「自己責任」ととらえ、こなしていくことも可能なのだろう。しかし、次第に現役世代を引退し、自身も老い衰えていく過程で、「自分で決めたことだから自分に責任がある」というとらえをしはじめたとき、私たちは、誰かの助けなしにはそれほど強く生きてはいけないことを自覚するだろう。その前に、広く、地域の人びとに知っておいてほしいと思っている。
4-3.インターセクショナリティの視覚をとりいれる試み
本学の取り組みは、自己責任の文脈で人生をとらえないようにし、そのために仲間をつくって継続するという点に特徴がある。さいごに、インターセクショナリティ、あるいは、ジェンダーの視点をとりいれた試みにいくつか触れたい。
たとえば、生理日管理ツール(アプリ)のパイオニアである「ルナルナ」の開発者を招聘し、生理を女性の自己責任の文脈でとらえるのではなく、周囲(職場やパートナー)との関わり合いのなかに位置づけることの大切さを発信した。また、男性産科医を招聘し、「妊娠・出産・中絶」を権利保障の観点から考える「いのちとジェンダーの話」も発信している。どちらも、femtech(フェムテック=Female Technologyの造語)という点で共通しており、「ジェンダーをテーマに本学が社会に問いかける意義」もこのあたりにあると考えている(図3)。
他にもさまざまな取り組みを継続している。地方で生活するなかで、自分と社会とを切り離してしまいたい感覚に陥ってしまい、そしてそうできてしまうように感じてしまうのは、自分自身の目下の環境が過去に類を見ないくらい局小化されてしまっているからであろう。そのようなときにこそ、本学の取り組みのどれかひとつでも思い出してもらえればと願っている。
図3
5.「仲間」を「えちご・ものづくりダイバーシティ・コンソーシアム」という組織体へ
最初は「前近代的な文化圏、生活圏に来らざるをえなかった自分以外の人びと」や「生まれも育ちもこの地域だが前近代的な文化圏、生活圏に違和感を覚えている人びと」と連携しながらおこなってきた本学の取り組みであったが、今日ではこれらメンバーシップに変化が生じてきている。すなわち、こうした取り組みを見聞きするなかで「確かにそうしたほうがよりよいかもしれないと思い始めた人びと」が加わってくださってきていることである。
たとえば、かつては「経営」にインターセクショナリティの観点、あるいは、ダイバーシティの観点をとりいれることに消極的であった新潟県内の企業が「ダイバーシティ経営とは何か」というテーマで勉強会を開催したり、市役所が主催する「障害者雇用と合理的配慮」についてのセミナーに積極的に参加していることはその一例であるように思われる(図4)。
これらを踏まえつつ、本学が仲間とともにおこなってきた取り組みの多くを、今後は「えちご・ものづくりダイバーシティ・コンソーシアム」という組織体を立ち上げることで継続していくこととしている。「えちご・ものづくりダイバーシティ・コンソーシアム」は、「多様な属性や生活背景をもつ構成員が個々の能力を発揮し生き生きと」日常生活を営むことができるようにすることを最上段に掲げている。今後は、学内は当然ながら、「えちご・ものづくりダイバーシティ・コンソーシアム」の一員としても、取り組みを継続するものである。
図4
6.おわりに
本稿は、長岡市、あるいは、取り組みの規模によっては新潟県という地方都市をひとつの事例としながら、本学における「地域に根ざした」取り組みの一端を示すことに主眼が置かれている。そして、学内だけにとどまらず、広く、多くの人びととの関わり合いのなかに取り組みを位置づけることができたのは、ほかならぬ多くの人びとたちの賛同、協力、心意気などがあったからである。
地域に住まう人びとの視点に立てば、本学の取り組みは「無いなら無いでこれまでどうにかやってきたこと」に介入しているという価値判断もあろうかと思われる。しかしながら、本学の取り組みの多くが、次の世代を生きる人びと(現役世代はもとより)、つまり、子どもたちのために先んじてなされていることと伝われば、加速度的に支援者が増えてきたのも事実である。単に学内の取り組みとしてだけではなく、中越地区唯一の国立大学の役割のひとつとして、これからも「地域に根ざした」実践をつづけていきたいと考えている。