夫婦異分野研究者から見た、
海外でのワークライフバランス

イギリス・エクセター大学 小黒―安藤 麻美(神経科学)
オランダ・アムステルダム大学 安藤 真一郎(宇宙物理学)

私達夫婦は共に、子育てをしながら、異分野の研究者として海外で研究室を主宰しています。夫婦両方のキャリアを両立しながら、海外3カ国を渡り歩き、現在に至っていますが、ここに至るまで様々な困難があり、なかなか一筋縄では行かないことを多く経験しています。多様性が進む現在、日本人の若手研究者の皆様もいい研究環境を求めて多くの場所を移動していることと思います。そこで若手研究者の皆様へのエールを込めて、自分たちの経験を元に、海外でのキャリアパスや育児、ワークライフバランスの考え方をご紹介します。

1. 海外でのキャリアパス
2学年上の夫・真一郎は日本で博士号を取得後、アメリカのカリフォルニア工科大学に留学し、ポスドク研究員として理論宇宙物理の研究に携わっていました。2年遅れて2008年に妻・麻美も日本で生命科学の分野で博士号を取得し、当時婚約者であった夫が住むロサンゼルス近郊でポスドク研究員先を探し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で留学生活をスタートさせました。留学と一口に言っても、突然、英語が不自由な日本人をポスドク研究員としてすぐに雇ってもらえるかというと、それはかなり厳しい話です。私達夫婦の場合、夫が先に留学先を決めており、妻が後から追っていく形になったので、妻側のポスドク先選びは場所が限定される形(ロサンゼルス)になりました。そこで妻が取った手段は、日本にいる時点でなるべく多くのフェローシップに応募し、最初は自分で給料を持っていくという条件で、留学先の受け入れをお願いするというものでした。幸い妻の方は日本学術振興会と上原生命科学記念財団のサポートを受けることができたため、UCLAでの長期にわたる研究留学を実現させることができました。しかし通常のポスドクの任期は2~3年です。妻が研究を開始させ色々と軌道に乗せることができるようになってきたタイミングで、夫の任期が終わりに近づいていました。どうにか同じ場所での研究生活を維持させるべく、こちらも日本学術振興会による海外特別研究員制度に応募し、幸いにも採用していただき、カリフォルニアでの研究生活を2年間延長することが叶いました。

研究者夫婦やカップルで近郊の都市で仕事を探す場合、制限が途端に厳しくなります。後述する通り、欧米ではこれらのことをある程度は配慮してくれますが、任期付き研究員で、なおかつ異分野となるとなかなかそうもいきません。ですので、この段階で何より大切なのは独立フェローシップを自力で取得することではないでしょうか。もちろん競争は厳しいですが、あらゆる可能性を試されることをお勧めします。もちろん全てのフェローシップの条件が理想的なわけではありませんし、金銭面や期間等も含めある程度の妥協も必要になってはきます。ですが、私たちの経験を振り返ると、結局ここでなりふり構わなかったことで、今があると言うことができます。

さて、ポスドク研究員の次のステップはテニュアトラックなどの常勤職に就くことになります。ここでの競争はさらに熾烈なものになるわけですが、私たちの選択は場所を限定せず試せるものは全て試す、ということでした。まずは2010~2011年にかけて夫の方が職探しを始め、幸いにもオランダ・アムステルダム大学から声をかけていただくことができました。この時点でようやく交渉が可能になって、まずオファーがあった時点で、はじめて妻が研究者であることを先方に伝えます。アムステルダム大学含め、ほとんど全ての大学の立場としては、テニュアトラックの教員としてできるだけ優秀な人材を集めたいわけなので、交渉を無下に却下して失うことはできるだけ避けたいわけです。(つまりポスドクは替えが効くが、スタッフレベルはそうではない、という意識が強いです。)ということはこちら側としてもオファーがあった時点である程度強気に出られます。この傾向はアメリカの大学で特に顕著で、配偶者にも同じ学科であれば、テニュアトラックの仕事、あるいは5年などの任期付きではありますが、上級研究員のような独立ポジションを用意することはよくあります。残念ながら私たちの場合は、ヨーロッパの大学で、なおかつ異分野の研究者ということもあり、そこまでの待遇は望めませんでしたが、それでも夫の受け入れ先の学科の尽力により、近隣のユトレヒト大学でのポスドク研究員のポジションを1年間、妻にオファーしていただくことができました。

そしてこの最初の1年の間に、妻の方は再度さまざまなフェローシップに応募を続け、どうにか仕事をつないでいこうと画策しました。幸いキヤノン財団のフェローシップ、続いて日本学術振興会の海外特別研究員に採択され、合計で3年間延長することができました。(こう書くとかなり成功しているように聞こえそうですが、当然この裏で果てしない数の失敗や挫折も経験しています。)

2015年になると妻の方も次のキャリアを築くべく、常勤職への応募を考え始めました。ところがオランダでのアカデミア職探しはかなり厳しいという壁に当たります。理由としては医学部の授業がオランダ語であったため、オランダ語が上級者レベルでないと難しいという問題がありました。そして、妻はそこでライデンなどにある製薬系企業への就職も検討し始めます。しかしやはりアカデミアの仕事を続けたい気持ちがあり、英語を主に使えるアカデミア就職も同時に検討しました。それでもできるだけ近いところを、ということで、ヨーロッパでなおかつオランダから直行便がある都市に限って職探しをしました。そうするとやはり英語圏のイギリスの大学が主な応募先となります。そして現職であるイギリス、エクセター大学からパーマネントである講師の仕事をオファーしていただき、これを機に家族でエクセターに移住しました。夫の方は仕事がアムステルダムにあるため、最初は2カ国に分かれて仕事を持つことをとても不安に思いました。しかし、夫の仕事が理論系のデスクワークメインであったことと、イギリスの大学で客員ポジションを得ることができたことで、現在は半同居の形で生活しており、夫は現在でも頻繁に2国間を行き来しています。夫婦ともに日本での仕事を考えなかったわけではないのですが、異分野のアカデミック研究者夫婦となると、やはりパーマネント職と同居は難しい問題であり、理想的とはとても言えませんが、これが現状で私たちにできる最善だと感じています。

このように私たちの職探しはさまざまな紆余曲折がありました。しかし、欧米の大学ではこの手の例は大変多く見られ、実際私たちの同僚でもパートナーも研究者だという人はそれこそ山ほどいます。そういう意味で同じ問題を共有しているともいえ、大学の上層部もかつてそれを経験してきた人がいるわけなので、この問題への理解がある程度期待できます。他方で日本ではまだまだ理解が少ないと感じています。私たちの同世代の女性研究者の中には、日本国内でのパートナーの移動に伴い、研究者としてのキャリアをストップせざるを得なかった人も数多くいました。逆に研究者としてのキャリアを優先させた結果、プライベートを犠牲にした、という人もいます。もっというと、このような問題が女性に多く起きている、というのも日本が男女平等からはまだまだ程遠いという現実を表しているように思います。

2. 海外での育児
二人揃って独立して研究室を主宰するだけでも大変なのに、さらに出産子育て、ましてやヘルプの極端に少ない、なおかつ文化も風習も何もかも違う外国で、などなど今にして思えば無茶をしたものです。我が家は妻が常勤職の仕事を得る前の2015年3月に一人娘を出産しました。妻は当時日本学術振興会の海外特別研究員としてオランダ、ユトレヒト大学で勤務していましたが、届け出を出して産休に入ります。夫も職場の理解もあったため、特に出産直後はかなりの期間仕事をセーブして育児に集中しました。海外にいる日本人夫婦では、出産直後にどちらかの両親がヘルプのために数週間から数ヶ月滞在すると言うパターンがよくあるのですが、私たちの場合は偶然にも同時期に双方の妹夫婦が出産していたため、その手も使えませんでした。仕方なく自分達で全てアレンジせざるを得ない状況になりました。オランダは子供に優しい国として世界的にも広く認知されています。我が家も出産直後に新生児を連れて歩くだけで優しい声をいろいろな(見知らぬ)方々からかけていただきました。さらに制度も充実してはいるのですが、そこはやはりゲルマンの国。こちらの女性の体力の凄まじいことといったら。出産2日目から普通に外出しますし、こちらではそうするのが当たり前。よほどアピールしないと、なぜできないのかがどうしても伝わりません。妻も帝王切開での出産だったにも関わらず、2泊3日で病院を追い出されてしまいました。このような苦労がありつつも、信頼できる日本人の産後ケア担当(オランダ語ではクラームゾルフと呼ばれ、政府の補助で出産後の14日間ヘルプに来てくれます)の方にお世話になり、どうにかこの難局を乗り切ることができました。

しかし学術振興会の制度上、産休の期間は無給であったため、また夫の方も長く仕事を開けることはできなかったため、妻の方は産後4ヶ月で職場復帰をします。オランダで雇用されていれば産休中も給与サポートはあるわけなので、個人的にはこれらの面に関してはオランダのシステムにも参考にすべきところがあるような気がしています。

妻の職場復帰後は、夫婦ともに週一の在宅勤務が認められていたため、平日の1日ずつを交代で娘の面倒を見て、残りの3日を近所の保育施設に預けていました。余談になりますが、こういった保育施設を利用することも、男性が積極的に育児に参加することもオランダ、イギリスを含めて欧米では当たり前になっているので、利用できる制度は全て利用するというスタンスに罪悪感を一切感じることなくできたのは非常に大きかったと思っています。これが世間の目を気にしながら、ということになってくるとそれだけでかなりの重圧になってしまいますので。

保育サービスに関してですが、イギリス、オランダともにかなり高額です。週3日で利用しようとしてもザラに日本円に換算して月に15万円くらいは平気で飛んで行きます。日本のサービスはこれと比べるとかなり格安です。利用することに後ろ指を指されることがないとはいえ、このレベルの出費が毎月あるのも結構苦しいものがあります。

さて2016年にイギリスに移住してからはオランダ同様のスタイルで過ごしていましたが、夫の仕事がオランダという外国にあったため、それまで以上にサービスを多用せざるを得なくなりました。それに応じてアレンジをする手間であったり、金銭的にさらに負担が増えていきます。娘が小学校に上がってからは保育費用がかなり少なくなりましたが、日本語・英語の両立とイギリスと日本の教育システムの違いに戸惑う日々です。さらにコロナの影響で教育、保育現場のさまざまなところが破綻をきたしているため、現在では学童やchild minder(保育ママ)等も簡単には利用できなくなってしまいました。そのため我が家では学生バイトを雇い小学校のお迎えから18時頃まで娘の世話をお願いするなど、色々試行錯誤しながらやりくりしています。本当に育児の悩みは尽きることがありませんね。

写真:オランダ・キューケンホフ城の前で、家族写真

3. 夫婦研究者としてのロールモデル
現代のロールモデルとはなんでしょうか。そもそも皆が憧れる、こうなりたいと思える存在といえば、男性だと研究能力が卓越していて昼夜を問わず働き続けるような人物、女性だと育児も仕事も完璧にこなし簡単には真似できないような研究者。月並みですが、こういう人物像が漠然と思い浮かぶのではないでしょうか。確かに従来の日本だとこういった人たちでなければ大きな成功をなし得なかった、という側面はあるかもしれませんが、現代日本においては、これらがとても等身大であるとは言い切れなくなってきてはいないでしょうか。もっというと研究者夫婦のロールモデルが身の回りにどれほどいるでしょうか。

他方で私たちが暮らすヨーロッパでは、育児をしながら研究者として働く女性や研究者夫婦のロールモデルが周りにたくさんいます。経歴、家族構成は様々ですが育児も仕事も同じように悩みを抱えても、何とか両立できるよう日頃から上司に相談できる環境が整っており、キャリア指導も行き届いています。何よりも身近にロールモデルがいることは「キャリアを諦めずに子育てができる」という自信になり、モチベーションの向上に繋がります。実際に妻の上司はシングルマザーで2人の子供を抱え、技術補佐員から博士課程に進学し、現在はベンチャー企業も経営する大講座の教授になっています。様々なロールモデルがいることは私たちの「まだ頑張れるかも?」という気持ちを押し上げてくれます。日本では若手や女性研究者のサポートが昨今叫ばれていますが、一番必要なのはこのようなメンタルのサポートと若手研究者が「なりたいロールモデル」をバラエティに富んで多く発信していくことだと思います。そのために私たち夫婦はできる限り“自分達がハッピーな形”での研究者を目指して、頑張っていきたいと思っています。

4. 女性研究者の皆様へ(妻・麻美より)
妻である私のキャリアは正直、理想的なものではありません。理由としては、私自身やはり“古い価値観”に囚われていた部分も多くあり、自分のキャリア選択において、常に夫の研究を優先してしまいました。そのため自分のキャリアには遅れている部分も多くあり、その部分は大きな反省点です。また、家事・育児に関しても、“妻である自分、母親である自分”を意識しすぎて、無理した面も多くあったことは否めません。

今の若手女性研究者には色々な道があり、自分のキャリアを自分の意思で進めることができると思います。ですので、常に片方の仕事を優先させるのではなく、パートナー同士しっかり話し合い、自分自身のキャリアを優先する時期をぜひ作ってほしいです。産休・育休制度やその他のサポートの面も意見書などを提出しておりますが、今後は多くの女性研究者が私よりももっといい形で、研究生活に従事できるよう願うばかりです。

ただ、付け加えていうと、夫婦研究者はネガティブな印象を持たれる時もありますが、実際はお互いに切磋琢磨が可能な存在にもなり得ます。私たち夫婦は異分野の研究者同士であり、お互いの研究に関して深くは理解し合えませんが、研究の進め方、論文を出すプロセス、授業を持つ苦労、学生を育てる喜び、そういった部分ではお互いに理解し合えます。夫はマイペースな性格なので妻が研究者でなかったら、今ほど研究にもキャリア形成にも必死になっていなかったと思います。また、私自身も夫が研究者でなかったら、今のように自分がPIになって研究者としてのキャリアを築けていたかには疑問が残ります。今現在、若手の研究者の方々でパートナーが同業者や近い立場の方々で、苦労が多いためネガティブな感情を持つ方がもしもいらっしゃったら、どうか私たちの例も参考にしていただけたら幸いです。夫婦アカデミアの研究者同士も、お互いが冷静に対等に話し合えれば「プラス」になる、と。