特別寄稿
(社)男女共同参画学協会連絡会 名誉会員 大坪 久子
【研究内容】
男女共同参画・女性研究者の支援政策国際比較【略歴】
ストーニーブルック大学に9年滞在(博士研究員・研究准教授)、東京大学分子生物学研究所講師を経て、日本大学総合科学研究所教授教授・同薬学部薬学研究所上席研究員【研究概要】
米国・東大時代:「動く遺伝子」の構造と機能の研究、我々が発見した小さなDNA因子がマクリントックの調節因子の再評価につながったことは科学者として誇りでもあり喜びでもあった。(続く:日本大学では、男女共同参画・女性研究者の支援政策、特に米国の支援政策が専門)
Beyond the Bias and Barriers
無意識のバイアスとは、誰もが潜在的にもっている固定観念のこと。 対象は、ジェンダー・人種・障害の有無など色々あるが、判断を下す時に安易なショートカットとして働くことが多い。公正を期すためにも、その影響を最小限に抑える工夫をすることが大切、といわれている。
もっともわかりやすい無意識のバイアスとしては、「身内意識とよそ者意識」であろう。
無意識のバイアスのサークル(図1)は内と外がはっきり分かれていて、人は、自分と同じグループに安心感を持つ。内側がイングループ、外側がアウトグループ。間にそびえる壁がダイバーシテイを阻害する。例えば、俗に、オールド・ボーイズ・ネットワークと言われる、目には見えないけれど、なかなか入り込めない高いバリアがあるのはよく知られている。
バイアスの例として、こんな話もある。ゼミのTAを選ぶときに、最終候補として、白人のアメリカ人女性、東洋系の女性の二人が残った。
担当教員はどちらかに決めるために以下のプロセスを進めた。
①アメリカ人の学生たちに 2人のTA候補の写真を別々に見せた
②それぞれについて写真を見せながら、全く同じ標準アメリカ英語のテープを流した
③どちらに「なまり」があるかを尋ねた
④さて、学生たちにはどう聞こえたでしょう?
(正解はB)
ステレオタイプ・スレット(図2)は、無意識のバイアスが引き起こす主要な概念である。Claude Steele(心理学者, スタンフォード大学教授)によって提唱された。彼の実験を要約すれば、男女をふたつのグループに分けて、数学のテストの前に、一方には「女子はもともと数学が苦手」と伝え、もう一方には何も言わなかった。その場合、男女の成績は殆ど変わらないが、伝えた場合、男女差は歴然と現われた。ステレオタイプ・スレットは、自分が特定の集団(この場合は女子という集団)のメンバーと自覚した時に、能力を発揮できなくなることをいう。教員や保護者の何気ない一言が、女子児童や女子学生の将来を大きく左右するということだ。
図3は、人事選考委員会や日常会話でよく出てくる典型的なマイクロアグレッションを示す。これも立派な無意識のバイアスである。「何で女のあんたが教授になれたんや?」、「女社長いうたかて番頭がしっかりしてるだけちゃうか?」 バイアスの色眼鏡のオンパレードだ。このような「からかい」や「嫌がらせ」も、積み重なればハラスメントを引き起こす。
選考や評価の過程で見られる無意識のバイアスについてもう少し見てみよう。 すぐに思い浮かべるのは、何といってもこの話。1970年代のアメリカの5大オーケストラでは、演奏家の女性比率はたったの5%、音楽学校卒業生の女性比率は45%だったのに!そこで、入団試験を公募制に変え、ブラインドオーディションを導入した。ブラインドオーディションとは、試験を受ける演奏者と審査員の間に衝立を置いて、審査員はその衝立の向こうで演奏している人が男性か女性かわからないまま、音だけを聴いて判断するやり方だ。その結果、2000年代になった頃には、団員の女性比率が、楽器にもよるが、25%~46%までに上がった。目の前で弾いている人が女性であった時には、「音が違って聴こえた」と、あとで男性審査員自身が述べている。一旦、視覚の回路を通すと、人の判断は視覚が聴覚を上回る、そういう問題があったのだ。
さて、無意識のバイアスはどんな時に現れるか?
疲れている時、判断を急いでいる時、女性教員(マイノリテイ)の昇進審査に女性審査委員(マイノリテイ)がいない等々。教員の採用などで、こういうことがあっては困るので、バイアスの影響を最小限に抑える工夫が必要になる。
一般公募の時に、「女性を採用したいけど女性の応募者がいない」という人事選考委員長の嘆きをよく耳にする。ところが、女性限定公募をすると、沢山の女性研究者が応募してくるのだ。5名の公募枠に175名の女性が応募してきた事例も実際にあった。しかも厳しい二段階選考を経て選ばれた女性研究者たちは、数年後には優秀な業績を上げた。女性限定公募で効果的に若手女性を発掘できた!この層を大切に育てることが、大学にとって重要なこととなる。女性限定公募は、教員の女性割合が4割に達するまでは積極的是正措置として継続されるだろう。
図4には、「女性研究者が育つ過程で遭遇する無意識のバイアス」を4つ挙げている。
米国の法律学者、Joan Williams による分類だが、特に、上の2つについては、若手から中堅の女性研究者にとって大切な問題なので、以下、少し触れたい。右の本の表紙絵は「女性のキャリアパスはラビリンス」・・・つまり「迷路」であることを示している。2010年ごろによくいわれたものだ。
よく男性教員に言われることに「実力があるのならどうして一般公募に応募しないのか? 応募すればいいだけの話・・」という疑問がある。それは確かに正論だ。実力があるにも係わらず、チャレンジできない自分に対する過小評価・・。女性たちが正論を正論として受け入れられないのには長い歴史も含めて「わけ」がある。要約すれば以下の3点だろう。
- 無意識のうちに学習したステレオタイプ・スレットの蓄積 (私は女だから・・無意識のバイアス)
- 女性の足を引っ張るジェンダーバイアス(世間の常識にあらがわず男性仕様に適応していく不安、バックラッシュの不安)
- 最後にくるのがマイノリテイ意識(私は元々 アウトグループの人・・ 諦観と内在性バイアスの沈着)
- 人工的なマイノリテイ意識を創ってみる、つまり若手の女性研究者の合宿に、いつも1割の男性に参加してもらう。男性研究者はいつもと違う風景を見て、マイノリテイ意識が何なのか感ずることは多いはずだ。この試みは名古屋大学では成功した。
- もっとも強調したいことは「言葉のラリー」を続けることだ。例えば、「ジェンダーなんて厄介なモノ、僕がほんまに考えなあかんことか!」痛烈な皮肉を浴びせられたと思っても、この機を逃すことはない! 黙ってうつむいても相手をにらみつけても、何も生まれては来ない。
笑い飛ばすのだ!そして、相手を会話に引き込もう。「先生にこそ考えて欲しいのです。どうすればよいか、一緒に考えて下さいね」。相手は目をパチクリだろうが、いずれ「僕に出来ることは何だ?」と聞いてくるはず。
これが、今あなたがいる立ち位置を生かすことになる。
“Mamma Mia, We are here!!” と笑い飛ばそうではないか!
その心は「なんとまあ、私のいるところはここなのね!!」
ABBAのDancing Queen を口ずさみながら、あなたのサイエンスの地平をめざしてほしい。– – – –
追記:このコラムで引用した論文、書籍、事例等の出典は、すべて
「男女共同参画学協会連絡会の無意識のバイアスのコーナー」によるものである。
このコーナーには論文リストや専門用語の解説もあるので活用して欲しい。