九州大学の取組
九州大学配偶者帯同雇用制度
概要・特色等
九州大学は、教員総数が2400名を超える、人文・社会科学系から理工学系、生命科学系、芸術工学、大学病院を擁する基幹総合大学である。2011年(平成23年)の創立百周年を機に、世界のトップ百大学に躍進する「躍進百大」というスローガンを掲げ、自律的な大学改革を進めている。中でも「人」を中心に据えた経営改革が九大の特徴であり、卓越した研究力をもつ若手・女性・外国人研究者を惹きつけ、教育研究力の更なる強化とイノベーション創出を図ることを目指している。
ダイバーシティ推進に関して、九州大学では、平成16年に男女共同参画推進室を設置し、複数の文部科学省補助事業(「女性研究者支援モデル育成(平成19~21年度)」、「女性研究者養成システム改革加速(平成21~25年度)」など)を実施した。補助事業と大学独自の取組との相乗効果により、両立支援のための環境整備を推進し、女性研究者の採用と育成による女性研究者比率の増加に努めている。第3期中期目標・中期計画ではさらに踏み込んで、意思決定過程へのさらなる女性の参画、女性研究者の上位職への積極的な登用を宣言している。
今回紹介する「配偶者帯同雇用制度」は、文部科学省科学技術人材育成費補助事業ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(特色型)(平成27~令和2年度)において制度設計を進め、平成29年7月に九州大学アクションプランにおける戦略的人事制度の一つとして設置したものである。本制度では、国内外から卓越した研究者、将来への意欲にあふれた若手研究者をカップルとして迎え入れ、本学への定着を図る。本学に採用される又は採用されている教員のうち、本制度による配偶者の採用等を希望する者で、総長が認めた教員をFirst hireとし、その配偶者をSecond hireとして同時にあるいは連続して雇用する。その際、帯同雇用教員Second hireの人件費の半分を、最大5年間本部で負担する。
制度設立後、平成30年11月には第1例として、First hire男性教員とSecond hire女性教員の帯同雇用が実現した。さらに令和2年2月には第2例として、First hire 女性教員とSecond hire 男性教員の帯同雇用が実現している。
配偶者帯同雇用制度は、日本における数少ない世界標準の制度として国をはじめ様々な機関で注目を集めた。「女性枠設定による教員採用・養成システム」「男女別・職位別論文業績分析」の成果と併せて評価され、令和元年にはJST(科学技術振興機構)が創設した「輝く女性研究者活躍推進賞(ジュン・アシダ賞)」の第1回受賞機関となった。
平成29年10月には、「配偶者同行休業規程」を合わせて制定し、制度設立以降のこれらの制度の運営は、人事部人事企画課が担当している。
以下に設立までの経緯を説明する。
平成27年度:男女共同参画推進室内にワーキング・グループを立ち上げ、国際的な視点を取り入れるために、欧米の先行事例を調査した[1]。併せて、学内研究者・大学院生を対象にアンケート調査を行い[2]、要望書をまとめて人事担当理事に提出した。帯同雇用研究の第一人者であるスタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授を招いて公開シンポジウム「配偶者帯同雇用の現状と可能性」を開催した[3]。
[2] ポリモルフィア Vol.2, pp.51-59 (2017年3月)[ISSN 2424-1113]
[3] ポリモルフィア Vol.2, pp.10-20 (2017年3月)[ISSN 2424-1113]
平成28年度:人事担当理事と学内調整を始めるとともに、近隣7大学を訪問し、連携の可能性について調査した。3月には研究者カップルを招いてロールモデル懇談会を開催した。
平成29年度:6月に選考基準等を決定し、7月には総長、人事担当理事によるプレス発表を行い、本制度を開始した。学内周知を図るため、3月に沖縄科学技術大学院大学の外国人教授カップルを招いてセミナーを開催した。
平成30年度:平成30年11月に第1例(First hire 男性教員、Second hire 女性教員)誕生。
令和元年度:令和2年2月に第2例(First hire 女性教員、Second hire 男性教員)誕生。
配偶者帯同雇用制度に関しては、男女共同参画推進室ホームページでの広報に加えて、他機関に向けて積極的な情報提供を行なっている。
○URL:https://danjyo.kyushu-u.ac.jp/notice/view.php?cId=2600&
対象者
九州大学に配偶者とともに雇用されることを望む教員。First hireおよびSecond hireからなる。
●教員(First hire) :九州大学に雇用される又は雇用されている教員のうち、本制度による配偶者の採用等を希望するもの。審議を経て、総長により認定される必要がある。
●教員(Second hire) :九州大学に雇用される又は雇用されている教員のうち、配偶者が教員 (First hire)であるもの。
(2017年7月プレス発表資料より)
制度を利用した研究者の声
回答者:制度利用女性教員(First hire 女性、Second hire 男性)
質問者:男女共同参画推進室
Q1.制度を利用して良かった点、困った点はありますか。
A1.今回は夫のテニュア職が決まった後に、制度に申請したという事情があり、この制度自体がきっかけとなって大きく変わったことはありません。ただ、もしテニュアでないポストからテニュアになる際であったならばなくてはならない制度だと感じていたと思います。困ったことはありませんでした。
Q2.制度を利用して感じた点はありますか。
A2.こういう制度があること自体安心感があります。今後もぜひ継続して、その他の機関へも普及していくことが望ましいと思います。夫婦のいずれかが研究を諦める必要はありません。
Q3.女性研究者の活躍をエンカレッジするために必要なことはどのようなことだと思いますか。
A3.女性研究者が孤立する状況を改善することが必要かと思っています。職位が上がる度にマイノリティーであることをひしひしと感じますが、この状況をなくすために、異なる部局にいる女性同士のネットワークを増やすのはもちろんのこと、メンターのような制度があっても良いと思います。
制度に対する大学関係者の声
○在籍する外国籍教員の意見 1
Dual Hiring in Academia
Ellen Van Goethem, Associate Professor
When the topic of academic dual hiring comes up, it usually takes only minutes before someone mentions the stereotype that a second hire is not based on merit, that she (or he) is riding on the coattails (or skirt) of the first hire, or that their profile does not quite fit the vision of the department that was asked to hire them. What is mentioned far less often are the broader, positive outcomes of dual hiring programs. Because women are more likely than men to have a partner who also works in academia, dual hiring can contribute to a more equitable workplace in terms of gender.
Dual hiring may also increase retention rates and avoid brain drain, especially for universities and research institutes located in smaller cities. Outside of the large metropolitan areas, where there is a greater variety of institutions and available positions, it can be quite difficult for both partners in a dual career relationship to find employment within a reasonable distance of one another.
In that sense, dual hiring programs may attract unexpected additional talent and further contribute to the growth of the institution.
(和訳)
アカデミアにおける配偶者帯同雇用
Ellen Van Goethem准教授
研究者の配偶者帯同雇用と聞いて最初に浮かぶのは、次のようなステレオタイプだろう。たとえば、「Second hireを雇ってもメリットがない」「Second hireはFirst hireのお零れ(おこぼれ)にあずかっているだけ」「部局が求めている人材像に合わない」などである。しかしながら、こうした批判は配偶者帯同雇用のメリットを見落としていることに気づいていない。というのも、男性研究者に比べて、女性研究者はパートナーも同じく研究者であるというケースが多いことから、配偶者帯同雇用は、ジェンダーの視点からもより平等な就労環境づくりに役立つといえるからである。
また、配偶者帯同雇用は研究者の定着率を向上させ、優秀な頭脳(人材)の流出を防ぐことができる。これは、とくに地方都市の小規模な大学にとって大きなメリットである。大規模な都市部には多くの研究機関があり、それぞれの希望に見合ったポジションを見つけることも容易だが、そこから離れた地方では、研究者カップルが互いに無理なく生活できる距離で、希望に見合ったポジションを探すことは極めて難しいだろう。
以上の点からすれば、配偶者帯同雇用は隠れた優秀な逸材を発掘することができ、大学の将来的発展に大いに貢献するものだといえる。
○在籍する外国籍教員の意見 2
On dual-career spouse/partner hiring and DEI
Liu Huixin, Associate Professor
First, based on communications with colleagues in Germany and US about the partner hiring, it seems this policy is better implemented in the US than in Germany. In the US, many universities have implemented this policy as we know (although none of my colleagues or friends has used this policy). In Germany, however, there seems still high resistance to it in some regions. One of my friends got a professor position and wanted to find a position for her partner at the same university. But she was advised not to do so to avoid “unnecessary complications” in human relationships at work. This culture sounds similar to what we have here in Japan.
Since dual hiring policy is important to acquire outstanding female and foreign researchers, I hope Kyushu university will further promote this policy with more flexibility along with the promotion of Diversity, Equity, and Inclusion.
To effectively promote the DEI environment in Kyushu university in the long run, the following appear important.
① To regularly assess the implementation of the DEI policy in each faculty. Board members have a good understanding of DEI and its necessity, as reflected in recent university policies that try to increase the number of young, female and foreign researchers. The point is how much this policy is actually welcomed and implemented at faculty level. Big differences exist between different faculties, as we have seen for instance with the SENTAN-Q program. So, it is necessary to cultivate the DEI culture in all faculties. It could also be more effective to give bonus reward to faculties that actively implement the policy.
② To improve the international atmosphere of the working environment, to attract top-class foreign researchers. This includes increasing the number of courses taught in English, making administration documents bilingual, increasing the English level of administration staff, and providing guidance and support to foreign faculties on administrative matters.
③ To provide opportunities for minority groups to interact with other faculties (e.g., foreign faculty with Japanese faculty) to enhance mutual understanding.
Overall, it’s essential to be mindful to DEI matter and give continuous efforts till the number of minorities reach a critical mass to sustain a good balance.
(和訳)
配偶者帯同雇用& DEI
Liu Huixin 准教授
配偶者帯同雇用について、ドイツおよび米国に暮らす研究者の同僚に聞いたところ、ドイツよりも米国の方が、配偶者帯同雇用については進んでいるような印象を受ける。米国では、多くの大学が我々と同じく配偶者帯同雇用を実施している(もっとも、私の同僚や友人のなかにこの制度を利用したことのある人はいないが)。その一方で、ドイツでは地域によっていまだに制度自体への根強い反対があるようである。友人が教授職に就いたとき、同じ大学でパートナーのポジションを探したところ、複雑な人間関係を避けるために同じ大学にしない方がよいというアドバイスを受けたそうだ。このような組織の風土は、日本とよく似ているように思う。
配偶者帯同雇用制度は優秀な人材、特に女性や外国人研究者を獲得するには重要であり、DEIの推進に合わせて、是非続けて柔軟に推進してほしいと思っている。
長期的にみて、九州大学がDEI (ダイバーシティ・エクイテイ・インクルーシブ) 環境を効果的に推進していくためには、以下が重要だと思われる:
①各部局におけるDEIの実施について定期的に評価すること。最近では、若手・女性・外国人研究者の増加を目指す大学全体の取組にみられるように、DEIやその必要性に対する執行部の理解はすでに進んでいる。問題は、各部局でどの程度DEIが受け入れられ、実施されているのかという点である。たとえば、SENTAN-Q研修でも明らかになったとおり、部局によって取組の度合いは大きく異なりうる。そのため、部局でのDEI風土を構築することが大切である。また、DEIに積極的に取組む部局を奨励することも大学のDEI環境向上に有効であろう。
②職場環境の国際化を推進すること。これは、世界トップレベルの外国人研究者を惹きつけるという点で重要である。たとえば、英語講義の数を増やす、事務書類のバイリンガル化や、事務職員の英語能力を伸ばすこと、外国人教員に対して事務手続のサポートを行うことなどが考えられる。
➂マイノリティ・グループに属する教員たちが、他の教員と交流する機会を設けること。たとえば、外国人研究者と日本人研究者の交流など、相互理解を促進するような場を作ること。
総括すると、やはりマイノリティの人数が相当程度に達するまでは、DEIを意識して継続的に努力していく姿勢が不可欠であると思う。
運営体制
九州大学において、「配偶者帯同雇用制度」などの先駆的な取組が実現できた背景として、①男女共同参画推進室に教授、准教授を含む専任教職員を配置し、専門的な調査が十分に実施できたこと、②担当理事が事務局長を兼任し、人事部など担当部署との連携が取れていたこと、③副学長・副理事に本学女性教授を配置し、執行部と専任教職員との間を繋ぐ役割を果たしていたことなど、機能的な組織体制の効果があげられる。
アピールポイント
九州大学は女性研究者養成システム改革加速事業において、九大方式の女性枠教員採用システムを立ち上げ、国際公募により2009年からの10年間で応募者 837名を世界中から集め、50名の女性教員を採用した。彼女たちの活躍は、その後「男女別・職位別論文業績分析」によって定量的に可視化され、国内だけではなく国際社会においても注目されるに至った[4]。2019年からは、新たにダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ事業(先端型)において「ダイバーシティ・スーパーグローバル教員育成研修(SENTAN-Q)」を開始した[5]。SENTAN-Qでは、多様で秀逸な本学の女性および若手教員を発掘し、世界トップレベルの研究・教育に挑戦する機会を提供することで、上位職ならびに管理職への早期登用を進めている。
九州大学が今後多様な人材が活躍する世界的研究教育拠点となるためには、ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの重要性をより深く理解し、国際化とともにジェンダー平等を早期に実現することは極めて重要である。今回紹介した配偶者帯同雇用制度では、九州大学が世界に開かれた大学として、ダイバーシティ・インクルーシブ環境整備を進めていることを国内外に示すことができた。今後も今まで以上に斬新な施策に挑戦し、フロントランナーとしての役割を果たしていきたい。
ポリモルフィア Vol.4, pp.40-47 (2019年3月)[ISSN 2424-1113]
[5] https://sentan-q.kyushu-u.ac.jp
今後の課題
総合大学の場合、研究分野によって、両立支援のために必要とされる環境・支援は一様ではなく、女性研究者を取り巻く男性教職員の理解も様々である。また、部局によって女子学生と女性研究者の比率や、教員の職位毎のバランスが異なっている。比較的女性比率の高い部局であっても、上位職への登用が思いのほか進んでいないなど、部局ごとに固有の課題が認められる。九州大学が取り組む次なる課題は、世界トップ大学の事例に学び、各部局におけるダイバーシティ・インクルーシブ環境整備をより一層進めることである。
本記事は2021年10月時点のものです。最新の情報は各大学のホームページにてご確認ください。