女性研究者のライフイベントへの対応について

 ローレンス・バークレー国立研究所研究員・カリフォルニア大学バークレー校原子核工学科客員教授
 ウェインライト(村上) 治子

ライフイベントは、アメリカでも研究者にとっては大変です。研究所・大学では、夫婦でポジションを用意してくれることも多いですが、それでも、どちらかが妥協することが多いです。子供ができて最初の1、2年で離婚するというケースもよく聞きます。私は、子供が三人(7歳と2歳の双子)いますが、毎朝、子供たちを家から出すところまでで、ヘトヘトになります。

一見すると、制度的には日本の方がいいと思います。保育園も安いし、長時間です。アメリカの大都市では、保育園や私立学校は一人月20万円くらいで、三人いるとポルシェが毎年一台買えるくらいのお金が消えていきます(涙)。ベビーシッターを雇う場合でも、年600万以上かかります。所得水準は高いのですが、それでも痛い出費です。産休・育休も国の制度としては全くありません。いい企業に勤めると3ヶ月ぐらいあるくらいです。私は、「障害保険」と有給休暇で、6週間くらい休みました。

それでも、周りを見ると、日本の研究者の方々の方が、大変そうです。日米の違いは、いくつかあると思います。

一つ目は、アメリカは成果主義だということです。評価は、論文とプロジェクト・研究資金獲得で決まります。学生時代でも、毎週末、スキーにいっているのに、論文が出せて、いい職についたという人がいました。結果は、時間ではなく、アイディアや創造性で決まるということが定着していると思います。だから、早退しても、文句を言われることはありません。また、こちらは研究者も大学教授も、人件費をプロジェクトに請求します。プロジェクトがないと、減給・失職というシビアな面もありますが、コストの安い若手に仕事が回るなどプラスの面も多々あります。短時間で結果を出せる人が評価されますし、時短の人も、働いた分だけ請求するので逆に重宝されます。

二つ目は、父親も育児に関わるということが定着していることです。もちろん、子育ては母親という意識が残っている面がありますが、基本的に共働きだと、半分負担が普通です。日本では、「僕の方が稼いでいるから、君が面倒をみろ」という話をよく聞きますが、こちらだと即離婚ですね。単純に、女性の方が若くて、キャリアの年数が少ないだけかもしれませんし、仕事は収入だけではありません。そういうことを言ってはいけない雰囲気というのは、とても助かります。習い事・保育園の送り迎えでも、誕生日会でも、父親がたくさんいますし、男性も育児に関わるという意識が社会で徹底していると思います。また、私も、夫も、研究が好きで四六時中仕事してもいいタイプなのですが、忙しい時は押しつけず、ベビーシッター等で対応するようにしています。

三つ目は、社会にjudgementがないということです。他人のすることを自分の価値観で判断したり、口を挟むことは滅多にありません。産後の1週間で仕事に復帰する人もいますし、3ヶ月しっかり休む、または、数年休業する人もいます。また、ベビーシッターを二人(昼の部・夜の部)雇って、バリバリ働く人もいますし、時短で働く人もいます。外食が多かったり、掃除をアウトソースするのも当たり前です。また、日本では、「朝早く起きて、弁当・朝食をつくって・・・」というように、母親理想像が自己犠牲を仮定に成り立っているように思いますが、アメリカでは「母親が幸せなことが、家族の幸せの基本だ」とよく言われます(睡眠は大事です)。本人やその家族が幸せであれば、他人がとやかくいう筋合いはありません。多様性を認める社会というのは、とても楽だと思います。

四つ目は、人事教育(各種ハラスメント等を含む)が徹底していることです。日本では、早退したら上司に怒られた・文句を言われたという話をよく聞きますが、こちらでは、「上司が部下の事情を考慮せず、仕事をふっている」と上司の責任になります。ちょっとすると訴訟問題に発展することにもなりかねません。仮に、部下のパフォーマンスに問題がある場合でも、感情的に怒ると上司失格になりますし、人事部と相談したり注意深く対応します。表面的と言われるかもしれませんが、人を傷つけることを言わないというのは、基本的なマナーだと思いますし、こちらが大変な時など、特に、救われる面が多々あります。私も、子供三人だと病気・怪我が常にあり、周りに謝ってばかりですが、文句を言われたことは一度もありません。

また、これは、個人的な考えですが、「母親一人で子供を育てる」というのは、人類の歴史で不自然なのではないかと思います。私は、青森の農家→商売という家で育ち、祖母も、母も、毎日仕事をするのが普通でした。また、両祖父母、親戚、近所の人々など、みんなで育てられ、近所の家にご飯を食べに行ったりしていました。母は、三人子供がいて育児に苦労した記憶はあまりないと言っています。今は、そういったネットワークが希薄になっていたり、晩婚で親が歳をとっているということが多くなります。ただ、逆に、保育園だったり、ベビーシッター、ジムの託児所、近所の人など、ネットワークをつくってもいいのではないかと思います。私の子供たちも、ベビーシッターがスペイン語を教えてくれたり、多くの人と関わることで、世界が豊になっていると思います。(注・コロナの時は大変でした。)

最後に、日本では「マミートラック」という言葉をよく聞きますが、女性がリーダーシップを取ること、また、プロジェクトを率いることは重要だと思います。お金・名誉ではなく、自分の大事だと思う研究分野を広めることができるという面がありますし、自分が重要だと思うことにお金を使えます。例えば、私は、核汚染地での環境モニタリングの拡充が重要だと思ってきて、最近大きなプロジェクトの立ち上げにこぎつけました。また、自分のプロジェクトでは、女性・マイノリティーの学生・インターンを雇うように心がけています。私のいる研究所では、女性のリーダーが多く、私たちの世代は恩恵を受けていると感じています。正直、毎日、育児と仕事で疲れ果てていて、投げ出したいこともありますが、私がここで踏みとどまることが、次の世代につながっていくと信じて、頑張っています。