「自分にもできるかもしれない」~マイノリティ研究者の意識改革に向けた環境づくり
池内 友子(アメリカ国立衛生研究所(NIH) スタッフサイエンティスト)
現在、アメリカのNIH(国立衛生研究所)でスタッフサイエンティストとして勤務している池内友子先生にお話を伺いました。研究室の中間管理職としてマネジメントもされている多忙な研究者でいらっしゃいますが、NIHの中のDiversity, Equity & Inclusion (多様性、公平性、包括性) (DE&I)の促進にも積極的に取り組んでいらっしゃいます。
アメリカという多様性に富んだ国において、DE&I促進は避けては通れない課題。ジェンダーだけでなく、年齢、障がい、民族、信条、キャリアや第一言語など、あらゆる違いを尊重することに関わる大きなテーマです。
国の研究機関であるNIHにおいては、DE&Iがどのような状況であり、そのことにどのように関わっていらっしゃるか、また、女性研究者の働き方や、アメリカでの子育てについて語っていただきました。
あらゆる方からの関心が課題解決への第一歩
―最初に、NIHにおけるDE&I促進の取り組みについて教えてください。
NIHにはアジア、ネイティブハワイアン、太平洋系(Asian American, Native Hawaian, and Pacific Islander: AANHPI)の研究者が数多く在籍しています。日本人研究者も全盛期に比べると減ったとはいえ、長期的な勤務や一時的な研究滞在など期間は様々ですが今も多くの方がここで研究しています。ですが、依然として幹部職におけるAANHPIの割合は、全体の割合に比べて低いままです。それは、女性研究者の割合も同様です。
現在、NIHのAANHPI研究者でコミュニティーを代表するFederated AANHPI Network (FAN)を結成し、研究活動における人種の差に由来する不平等を是正する取り組みを行なっています1。その活動に多くのNIHの日本人研究者も興味を持ち、また私自身も賛同して関わるようになりました。AANHPI研究者の地位向上を求める側も、それに対応する側も多くが研究者なので、データに基づいて現状を説明することを心がけています。実際に、NIH内で調査・解析した結果を公表しています2。個人の体験だけをもとに議論せず、客観的な視点を加えることで、多くの方々に呼びかける際にメッセージがはっきりし、受け入れられやすくなると思っています。
―今年開催予定のNIH関連のカンファレンスでは、女性研究者やAANHPIといったマイノリティ研究者に関連したトピックをもとに、セッションが設けられる予定(インタビュー当時)と伺っていますが、池内先生も企画を担当されていらっしゃるんですよね。
当事者に限らず、多くの方にこのセッションに参加していただければと思っています。女性研究者に加え、AANHPIというさらに大きな括りで、多くの方が自分のこととして考えやすいような工夫が必要だとも感じています。
女性研究者、AANHPI両方の課題には類似点があります。そのため、解決策についても類似のものが適用できる可能性が高いですし、お互いにフィードバックしていけるといいと考えています。まずは、あらゆる方に興味を持ってもらうことが第一歩として大事だと思います。
―女性研究者の地位の向上にはその他に何が必要と感じていますか。
AANHPIの現状と同じく、Association for Women in Science (AWIS)によると女性研究者が大学や政府の研究機関の中で重要なポストに就くことは男性に比べて少ないのです3。なぜ少ないのか、AANHPIの議論中に双方に共通する要因のひとつとして、当事者の自己評価が低いことが挙げられました。いくら幹部職のポストが公募されていても、当事者側の意識として「私が幹部職に就くなんてとても」と応募しないこともあるのではないでしょうか。実際に女性の幹部職応募への積極性が低いという報告があります4。自己評価が高ければ応募するかもしれない、そのためにはまず女性研究者、AANHPI自身の意識改革が大事です。また、友人、同僚など自分の身近な方が上のポストに就けば「自分にもできるかもしれない」と思えるのではないかと思います。
先ほど述べたAANHPI研究者からの要望の中には、リーダーシップに関するトレーニングプログラムを実施してほしいということも入っています。そういった機会を通して、植え付けられた固定観念を払拭し、自己評価を高められると幹部職への応募が増えていくのではと考えています。
1 NIH “Giving a Collective Voice to Asian American, Native Hawaiian, and Pacific Islander (AANHPI) Staff. New NIH group connects and empowers AANHPI communities.”
https://www.edi.nih.gov/blog/news/giving-collective-voice-asian-american-native-hawaiian-and-pacific-islander-aanhpi-staff
2 Goon Caroline, Bruce Tamara A., Lun Janetta, Lai Gabriel Y., Chu Serena, Le Phuong-Tu “Examining the Asian American leadership gap and inclusion issues with federal employee data: Recommendations for inclusive workforce analytic practices,” Frontiers in Research Metrics and Analytics, Vol. 7, 2022
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frma.2022.958750/full
3 AWIS Report “Transforming STEM Leadership Culture”
https://awis.org/leadership-report/
4 MUSC “The leadership deficit for women in STEM”
https://gradstudies.musc.edu/about/blog/2021/03/the-leadership-gap
プレッシャーの少なさがアメリカのいいところ
―アメリカでの研究者のキャリア形成上、何か特徴はありますか。
世界のどこにいてもですが、ボスが自分の研究室に所属している研究者を大切にするかどうかもキャリア形成に大きく影響しますので、環境選びも重要な要素ですね。日本ではまだ浸透していないように感じるのですが、アメリカでは仕事の内容だけでなくキャリア形成について相談できるメンターを見つけて、相談するという文化もあります。目的別のメンターが複数いることもよくあります。
―池内先生は現在、子育てもされていらっしゃいますが、研究との両立はいかがでしょうか。
研究者は割と時間の配分に融通が利き、また成果主義ですので、子育てはしやすいかもしれません。特に、自分で実験を組み立てられる場合は急な状況変化に対応しやすいです。
日本で子育てしていないので比較は難しいですが、実はアメリカは子育てのための支援制度というのは、あまり充実していません。
―意外です。
子供がいる家庭では税の控除が手当てとされていますが、その額が保育園代には到底足りないため(保育園は高額)、多くの人々が自身の給料の中でやりくりします。また、アメリカでは国よりも州、企業主導で育児休業が決められており、日本ほど国に保障された手厚い育児休業があるわけではありません(NIHでは2か月くらい)。
―教育費の問題は大きいですね。
ただし、公立小学校に上がったあとは高校までは無償ですし、共働き前提でシステムが考えられているので、小学校の時間帯の前後にビフォアケア・アフターケアという、学校に隣接したところに預けることができます。当然、費用はかかるのですが、とても便利です。しかも、たとえばバレンタインデーの日などは特別に遅くまで預かってもらえて、大人はディナーを楽しみ、子供たちは映画を鑑賞する、などイベントもあります。大学の費用はまた物凄く高いので、子供の教育費のための計画的な投資、貯金が必要になります。
アメリカの子育てでいいなと思うのは、「~しなければならない」というプレッシャーが少ないことです。毎日簡単なサンドイッチとかおにぎりだけを子供のお昼に持たせてもOK!疲れた日は夜はピザで済ませてOK!子供をデイケアやシッターに預けて時々夫婦で晩御飯やパーティーに参加するのは大歓迎!など、あまり無理することなく楽しく子育てができることです。私も初めは子供には手をかけたものを食べさせないといかん!と思っていましたが、手をかけたものを子供が常に好むわけではないですし、結果自分が疲れてイライラしてしまったりしました。子育ては結果や結論がすぐに出ない長〜いプロジェクトですし、無理せずみんなハッピーなのが一番だと思います。
また、アメリカはHelpの文化が根付いています。子供が熱を出して家に帰っても文句を言う人はいませんし、お互い様だという雰囲気です。
ジェンダー、年齢、障がい、民族、信条、第一言語などの違いはあっても、ダイバーシティに富んだ友人と助け合いながら楽しく遊んだり、勉強している子供達を見て、人生の早い段階からそういった「違い」が原因で起こりうる問題を議論し合い、理解しようとする姿勢に感激し、この子たちが大きくなったらどうなるのかな〜と楽しく妄想しています(笑)。
―確かにHelpの文化は実感します。アメリカならではのとってもいい文化ですね。そういう考え方、環境が日本にも広がるといいなと思います。本日は、NIHやアメリカにおける色々なお話をしていただき、ありがとうございました。
NIHの元長官であるフランシス・コリンズ氏は2019年、「男性ばかりの会議には出席しない」という意向を表明しました。アジア系女性研究者には「ガラスの天井」がまだ存在していると感じられる場面が多いものの、多くの方が池内先生のようにこの課題に取り組み、一歩ずつ前進しています。この動きを途絶えさせることなく、すべての研究者に公平な環境が提供されるよう、日本学術振興会としても支援してまいります。