経済成長著しいインドに縁を紡いで

池田 恵理(インド工科大学デリー校(IITD)経営学部 アシスタント・プロフェッサー)

― インドで働くことについては、どのような想いや決意があったのでしょうか?
大学院で開発学を学んでいたこともあり、開発途上国に住みたい、教鞭をとりたい、ということは念頭にありましたが、インドで働きたかったというより、大学教員として働く機会をいただけた大学がインドにあったから来た、ということだったと思います。そのため、どちらかと言うと、インドに対して具体的な想いや決意があったというより、経済成長著しいインドにひとまず行って、学ばせてもらおうという、チャレンジしてみようというオープンな気持ちだったように思います。

― インドに対する印象は住む前後で変わりましたか?
人口が多くてゴチャゴチャしていることや、衛生面や食品の管理などの問題で体調不良に定期的になることは想定内だったので、案の定、ということもあります。一方で、ステレオタイプ的なインドの情報や印象しか持たないまま渡印したため、着任後にいかに私の持っていた情報や印象が偏っていたかを知って、反省しましたし、今でも学ぶことが多々あります。有難いことに、学内は治安に不安がありませんし、開発途上国ではあるもののデリーは首都で都会なので、日々気を付けつつ、あまり多くを望まなければ、通常の生活をするには不自由はほとんどありません。スマートフォン一つで野菜から電化製品まで15分程度で家までデリバリーしてくれるサービスがあることに関しては、日本よりもかなり便利です。人について言えば、海外で会ったインド人はエリート意識が強い印象の人が多かったのですが、国内で出会うインド人には人懐っこい人が多いので、一部の人たちとしか会っていなかったことを知りました。また、インド人が食べるのが大好きだというのも面白い発見でした。一方で、栄養失調もまだ問題とされていますが、コロナ禍に見たように、コミュニティレベルで食べ物を共有したり、配分したりしている様子が見受けられます。他にも印象が変わったことを挙げるとキリがありません。

― インドでの研究者生活のなかでジェンダーギャップを感じたことはありますか?そのことへの対処方法は?
IITDは国立大学であるために、待遇や昇進に男女差別はありません。私の所属する経営管理学部(Management Studies)の教員は半分が女性で、女性教員の繋がりも強く、IITD全体を見ても大学院で学ぶ女子学生の割合が半分を超えており、性的マイノリティや障がい者に配慮するなど、多様性を重視してきています。一方で、同僚の女性たちが家庭と仕事の両立に苦心したり、コロナ禍中に女性や女子学生の負担が増えたことを見聞きするに、ジェンダーギャップは根深いと感じています。また、日常的にインド人は人を見て対応を判断することが多いと感じることがあります。私の場合、ジェンダーだけではなく、地位(インドは階級・階層を重視)、外国人であることや見た目といった要素が複雑に絡んで影響していると感じています。一事が万事、そういう状況にあるため、「郷に入っては郷に従え」ということで、意思表示をはっきりしたり、フォローアップを密にしたり、時に大学教員の肩書を活用したり、その場その場で試行錯誤しつつ、学びながら対処しています。そのお陰(?)か、オートリキシャ(三輪タクシー)の運転手のおじさんと金額でもめても、対等に交渉出来るようにもなりました。

― はっきり意思表示する強さに加え、その場その場で現地の人から学ぶという柔軟性が大事なのですね。それだけのバイタリティを保つための息抜き、マインドリセット方法があれば教えてください。
家に引きこもって、誰にも会わず、寝る、ことです。普段、人と情報量が多すぎて疲れるので、シャットダウンする時間が必要です。

― 座右の銘等があればお聞かせください。
その時々によって変わったりもしますし、そこまでこだわりがあるわけではないですが、「pay forward」という言葉が、私(や今の世代)を通じて、先人たちとこれからの世代を繋ぐことを思う時、ふと浮かぶことがあります。

― 最後に、インドでの研究を視野に入れている研究者、特に女性研究者にメッセージをお願いします。
インドは、研究するにはどの分野でも課題が尽きない国です。伝統的な考えや複雑な社会構造を踏襲しつつ、新しい技術の導入や急激な経済成長を遂げる激動の中、ありとあらゆる人たちがインドという国を造っていることを目の当たりに出来る経験は刺激的です。一方で、インド人に囲まれて仕事をし、生活することは、思った以上に一筋縄ではいかないことばかりです。外国人を特別扱いせず、幅広い多様性のある社会なので、仕組みやインド人の考え方を理解し、ペースをつかむには苦労の連続であることは覚悟しておいた方が良いかもしれません。しかし、今後、更に台頭してくる大国インドを肌で感じて知っておくためにも、その苦労を買ってでもする魅力がインドにはあると思います。外国人の登用や女性の社会参画への期待が高まっているため、興味があれば、ぜひ一歩を踏み出してください。

※JSPSバンコク研究連絡センター活動報告『バンコクの風』2023年度Vol.2(P7~)にも掲載しています。
https://jsps-th.org/activity/